「人種差別は良くない。」で止まらずに、その先を考えたい

国際協力

フリーランス国際協力師こと原貫太氏とSocial留学代表の野中柊平による定期対談企画の第6弾。

世界中で大きなムーブメントになっているBlack Lives Matterを切り口に、差別の問題について普段から海外で活動している二人に実体験も踏まえて話し合ってもらいました。

実際に海外で感じた差別

原:アメリカでは黒人差別の問題が大きな論争を生み、世界中を巻き込んだBlack Lives Matterと呼ばれる運動に発展しています。今回はその状況を受けて、差別の問題について話し合いたいと思いますが、いかがでしょう。

野中:こういった社会的ムーブメントがきっかけになり、様々な所で議論が活発になることは社会にとって必要なことだと思うので賛成です。

原:Black Lives Matterについて言及する前に、お互い頻繁に海外に出ている身として差別を実際に見聞きした経験について話したいのですが、野中さんはそういった光景に出くわしたことってありますか。

野中:僕が主に活動している東南アジアでは、僕自身が差別を感じることよりも、日本人の振る舞いに疑問を持つことの方が多いですね。見下したような態度で現地の人に接している日本人を、時折見かけます。

原:そういえば以前、Social留学さんの運営を担っているNao君も自身のYouTubeチャンネルで、フィリピンに訪れる日本人ユーチューバーのフィリピンの切り取り方に対して物申す動画を出して、話題になっていましたよね。

野中:彼はフィリピンと日本のハーフで、両方の国に長く住んだ経験があるので、色々と感じることも多いんだと思いますよ。日本人は日本国内にいると差別について考える機会は少ないので、海外に出た時に差別と気づかずにやってしまっていることが多々ありますから。

原:日本の一部の人には、強い欧米至上主義、経済成長至上主義みたいな考えもあると思います。経済的に遅れている、いわゆる発展途上国の人たちについて、下に見るような価値観が一部の人にある気はしますね。経済成長の物差しで全てを図る傾向がある。

野中:確かに。東南アジアやアフリカで横柄な態度を取る人って、それが欧米だったとしたら現地の人に対して同じ態度をとらないだろうな、と思うことも多い。黒人差別の問題とは少しズレているように感じるかもしれないけど、構造や意識的なものから生まれる格差や歪みの結果としては共通することがあるんじゃないですかね。

原:そういったことは各国の国内にも散見されます。僕のいるウガンダでも経済的に発展した首都と、経済的に貧しい活動地の田舎では、そういう構造的な歪みによる格差が大きい。

一過性の議論ネタで終わらせるな!

対談記事6-2

原:それでは、Black Lives Matterについて、何か思うことはありますか。

野中:冒頭に話したように、社会的なムーブメントによって議論が起きることには肯定的な一方で、自分で何も調べずに反射的に反応している人や、自分の好きな有名人に盲目的に追従する人を見ると、溝をより一層深めたり、新たな問題を生んだりしかねない危うさを感じています。

原:そうですよね。人種差別が良くないだとか、それに対して声を上げることって当然のことですからね。だからこそ、そこで終わっていたら表面的な議論になってしまう。ほとんどの人間が当然のこととして同意する答えであるはずなのに、何故それが無くならないのかということを、もっと深く考えていかないといけない。
ただ、「肌の色は関係なく、全ての人が平等」という結論で済ませてしまうのは、あまりにも短絡的すぎますよね。

野中:そうなんですよね。Black Lives Matterも社会の歪みが表面化した一部分でしかないので、その表面だけに反射的に反応して騒ぐだけでは、社会は次のステージには行けないと思います。「悪だ!」と叫ぶだけじゃなくて、なぜこんな状況が続いているのかっていうことを、一人ひとりがこういった機会に出くわしたときに、自分なりにもっと関心を持って調べたり考えたりしないと、同じことの繰り返しになる。

原:結局は、一人ひとりが当事者意識を持つかっていうところは、どんな社会問題にも通じますね。

野中:はい。知人が経済的に貧しい国で少年の強盗に遭った時に、犯人を憎まずその行動を生んでしまう社会と向き合うことにするって言ってたんですよ。今回のアメリカでの事件を機に、とりあえず警察を憎み、警察を全て解体しろっていう訴えや暴動って感情的にはわかるんですが、問題の解決にならず、むしろ新たな対立を産むことに繋がりかねないと感じてます。

原:二項対立の構図では、いつまでも溝は埋まらないですよね。難しい…。いずれにせよ、日本人は差別の問題に対して当事者になることが少ないから、無関心によって知らず知らずに差別を生み出している構造に加担してしまっていないか?ということに意識的になるのが、最低限の責任だと思いますね。「愛の反対は無関心」という言葉は有名ですが、本当にその通りだなって思ってます。

野中:この機会で知った人も多いと思うんですけど、誰が悪なんだっていう犯人探しではなくて、自分がそれを改善するために何ができるのかなっていう視点の人が増えて欲しいですね。

行動すること、発信すること

対談記事6-3

原:こういった差別の問題を、日常で実感する機会が少ない日本人が語るのって非常に難しいですね。だからこそ海外に出ていき、自分がマイノリティである状況を経験することは大事だと思っています。

そして、そのような経験を持っているオピニオンリーダーが、他の人に対して全ての入り口である「知る」ということに貢献するために、意識的に発信して伝えていくことが重要だと感じます。

野中:間違いないですね。Social留学でも、そういった未来のオピニオンリーダーの方々の第一歩のサポートをしたいと考えています。

原:今回の一件が起きた時に、とある方が発した発言がSNSで物物議を醸していました。それは「普段アフリカ関連でビジネスや国際協力をやっていて、声をあげてない人がいるのはおかしい。」という内容を発信したものだったのですが、それに対して「SNSで声をあげなくても、現場でそういった格差や差別を減らすために行動をしている人も大勢いる」という反論がありました。

野中:その二項対立もすごく勿体無いですよね。得手不得手は人間なのでもちろんあると思いますが、どちらかではない気がします。

原:そうなんですよ。議論が起きることは良いのですが、内容を拝見していると、一部の人は感情的になってしまっている印象を受けました。僕は、どっちもやるべきだと思っています。発信するか、行動するかの二項対立では勿体なさすぎる。
先ほど話したように、気づく機会がない人たちに対して、知るきっかけを作ることは外に出ている人の使命だと考え、僕はこれからも行動しながら発信していこうと考えています。

野中:素晴らしい。この記事も第六回を迎え、誰かの知るきっかけになっていてくれたら嬉しいですし、これからより一層そんな媒体になれるように精進したいと思いました。ありがとうございました。

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